京つう

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Posted by 京つう運営事務局  at 

2006年11月26日

GPS付携帯電話の利用

父が今月半ばに、一人で実家に帰りました。昼からシルバーの方が来てくださるので、そのときに連れて行っていただく為に必要なものを取りに帰ったのでした。もちろん、こちらには連絡無しです

私は、昼過ぎから父の部屋に何回も電話をしていたのですが、全く出ず、シルバーの方が来られる時間を過ぎても出ません。もし、父と会えなかったら、その方は父が居ないと連絡してこられるでしょうし、そうでないと言う事は出会えたと言う事だとは思ったのですが、それにしても、約束の時間が過ぎても電話に出ないので、こちらは死ぬほど心配しました。
結局父の予定そのものが盛りだくさん過ぎて消化できなかった事と、トラブルが重なり、遅くなったことは後に判ったのですが、これに懲りてGPS付の携帯を持ってもらうことにしました。

私はドコモなので、ドコモに行ったのですが、初めはキッズ用かなと思っていたら、大竹しのぶのCMの、もしもしホンⅢが声が大きくなったりするのでいいということで決めました。
ただ、この機種はとても人気があって、入荷待ちだとかで、予約して再来店しました。GPSを使うには、ドコモでは私の携帯にも契約をしなければなりません。AUだと、どうなのかなと以前見たCMを思い出して思いましたが、メールアドレスが替わるのも、住所録を移すのも面倒だし、今のところはこれで行きます。

買って帰り、住所録を入れて、GPSを試して持っていったら、八時過ぎなのにもう真っ暗で寝ています。明日はシルバーの方が来られるので、父に話すことなく、携帯をヘルパーさんに言付けました。
携帯に部屋の鍵をつけて欲しいとお願いしていたのですが、鍵をつけて首から提げると重いということで、ズボンにつけたという話でした。次のヘルパーさんが来られると、はやくこんな邪魔なものをはずして欲しいと言ったとかで、考えてみれば、ズボンについていては、トイレにものすごく邪魔だったと思います。かわいそうな事をしました。

今日も私が行くと早くも寝ていて、父にゆっくり話が出来ませんが、ホームヘルパーさんという方は携帯で全て連絡を取られるので、年配の方も携帯が使えますだから、ヘルパーさんも、時間があれば携帯の使い方を教えていただこうと思います。まずは電話の受け方、掛け方ですが、父はもともとメカには弱くないはずなので、カメラを使って写真も楽しんでくれたら、私がプリントしてあげて、などと私は父の頭の体操的にも期待しています。  


Posted by tao  at 22:55Comments(0)実家の父の話

2006年11月26日

友の死

突然知人の訃報が入りました。心不全での急死、五十台前半です。

昔々、私にも時間のたっぷりあったころ、その人と主人とでよく大原の早朝ゴルフに行きました。朝の四時に起き、五時過ぎからラウンドをします。
ゴルフは、人生の喜びと悲しみと、得意の絶頂と自己嫌悪と、いっぺんに味あわせてくれるスポーツです。だから、娘が結婚したい男が居れば、一度ラウンドしてからと言う父親も少なくないし、その人の長所と短所がよく判るのです。

だから、知人とは、いろいろ付き合ったわけではないのですが、よく判りあつた仲でした。食事するときに座る席までいつも一緒でした。
共に丘を登り、丘を下り、共に笑い、共に嘆きした遠い日々が思い出され、もう二度とそんな日々に戻れないのだと知らされます。

「友が鬼籍に多くなり」という言葉が実感してきましたが、今は自分は死んでも死に切れないという思いがあります。主人はともかく、親を置いては、と思っています。
介護はしなくてはならない事が山ほどあり、親に良かれと言う気持ちから、睡眠時間を削り、お風呂も諦め、自分の冬支度はしなくとも親には暖かくと、してしまいがちだけど、一番の親孝行は、自分を大切にしてやって、健康を維持する事、なのかな。  


Posted by tao  at 22:25Comments(0)介護生活

2006年11月18日

スカーレット・オハラ

風と共に去りぬ」を観たのは、中学校のときです。もちろん、その時でもリバイバルだったんでしょうが、子供が観ていいのかと思いながら行きましたね。
一番印象的だったのが冒頭に花々が映り、タラとなる、その美しさでした。ドレスの美しさに心奪われていた中学生の私も、こんな年になり、先日安売りのDVDで「風と共に去りぬ」を見つけて買ってみれば、全く異なる印象を受けました。

半世紀を生き抜いてみれば、昔映画を観て友と「スカーレットの元にレット・バトラーは戻ってくるのやろか」戻ってこないなんて、辛すぎると思った気持ちには、とても戻れません。
一番驚いたのは、アトランタからタラに戻ってみれば、母は亡くなり、父は現実を受け入れられず認知症となっていたのを、全く記憶していませんでした。
そう、スカーレットは介護しながら生き抜いていたのでした

仕事と介護に埋没しながら生きていると、全ては既に終わってしまった気になってしまいます。遊ぶ事も、お洒落も。でも、今度の休みには、昔買ったままのブーツを引っ張り出して履いてみようかな。まだ、なにも終わっていないのを、スカーレットは教えてくれた気がします。
  


Posted by tao  at 00:23Comments(0)介護生活

2006年11月17日

父の大作戦

父は、エアコンのリモコンの説明をしようとすると「何も見えない」「判らない」と言うのみ。ヘルパーさんの交代でケアの時間が変更になっても、説明が理解できません。そんなわけで、父の力を少し見くびってしまって居ました。そんなある日、父が単独でタクシーにのり、実家に必要なものを取りに帰ったのです。

始めは、なんでそんな事をしたのか理解に苦しみました。
父は、あることをしたくて、朝から役所などに電話で問い合わせをしていたそうです。そして、ヘルパーさんが帰られると、訪問看護婦さん、その後に訪問マッサージと続き、シルバーの方が訪問されるまでの間に、それをとってくる必要があると考えたようなのです。
そのため父は、昼食もとらずに出て行ったのですが、どうして、トイレに行くのもよろよろの父がタクシーに乗れたのか、色々考えて思いついたのは、先週シルバーの方に父を外出させるための方法を披露したので、そのとおりに父が行なったようです。
とんぼ返りでマンションに戻った父は、シルバーの人に外出していた事を気取られる事なく、介助していただいてお役所めぐりを始めたようです。たったひとつ、父が実家で再三物をなくしていたため、実印が登録していたものと異なり、そこでストップしてしまったのです。

20分起きたら20分横にならないと辛いと、常日頃言っている父が、これだけの行動をとりながら、途中でつっかえてしまったので、心の張りが一気に失われ、説得して連れて帰るのは大変だったようです。
私は仕事の合間に幾ら電話を掛けても父が出ないので、死ぬほど心配を続け、父と同じくらい疲れたと自分では思っています。でも、父がやってくれたことは、危険だと思いますが「なめたらあかんなぁ。ちゃんと、時間配分までして、こういうことできるんやなぁ」と、再認識させられましたね。  


Posted by tao  at 00:15Comments(0)実家の父の話

2006年11月16日

母の作戦 私の試み

母は乾燥性のかゆみがあり、体中掻き傷があります。手の届くところは母がかきむしっているのですが、背中はどうにもなりません。私が行ったときも必ず掻いてくれと言われ、傷が残らないように軽く掻くと、もっと強くと言われます。
もちろんウレパールと言うお薬とかロコイドとかちゃんと塗っているのですが、すっきりしません。
そんなわけで、ヘルパーさんにも、「もう、これ以上掻いては傷が出来ます」と断られた母は、しばらく考えました。

「あんたとも長い付き合いやなぁ。どの位になる?」
「二年になります」
こんな我侭なおばあさんに付きおうてくれて、おおきに。あんたは、ほんまにようやってくれてるのに、勝手ばっかり言うて、堪忍え
若いヘルパーさんは感激してうるうる。
「そんな事ないですぅ」
我侭言わんと辛抱せな、あかんのやけどなぁ
「いやー、なんですかぁ。言うて下さい」
背中掻いてんか
と言うわけで、又背中を掻かされたそうです。
考えましたねぇ。

私は、化繊のボアのベットパットに替えてから、母の痒みは酷くなったような気がして、近所の寝具店の閉店セールで激安のウール100%の洗えるパットを発見、購入してから、ベットで寝ている間は痒みを訴えられません。あとは、シルクとかの下着にすればいいのかなぁと思いつつ、安売りを探している最中です。  


Posted by tao  at 23:47Comments(4)母の話

2006年11月14日

父の外出トラブル

いよいよシルバー人材の方の介助で、父が母のところに逢いに行く事になりました。上手く行くだろうかと、私はまるで遠足に行く前の小学生のような気持ちでドキドキしていたのですが、現実はより意外性に満ちていました。
その女性と待ち合わせした時間の五分前について待っていたのですが、待っても来られず、インターフォンを鳴らすと、すでに父の部屋に入っていらっしゃいました。そういうわけで、話の流れがわからないのですが、とにかく開口一番、寒いので外出は止めて部屋でお喋りすると仰るのです。
十一月も初めで、そんな事を言われていては、桜が散るまで外出できません。第一、その日は訪問看護婦さんが入られて、健康も問題なく、父は毎日ディサービスに行ったり、近所を散歩したりしているので、いまさらちょっと外に出たからと言って、ちゃんと暖かい格好をしていれば風邪をひくとは思えません。
母のグループホームにお土産も買ってしまった事や、父も母に会いたがっていることをお話して、やつと行く気になって下さったのですが、前回打ち合わせでは、父は手押し車なら四条まで歩けるので、そこまで歩いてタクシーという話で、その方はバスに乗せるとか色々意欲的に言われ、責任者の方が「危険な事は止めて下さい」と言われていた位なのに、いざとなると、やはりご不安なのでしょうが、タクシーをマンションの前まで呼んでくれと言われ、私が呼びました。
両親からすれば妙齢の女性なので、介助しているところを認知症の母に見せない方がいいと考え、グループホームの方ともあらかじめ打ち合わせをし、寄せていただく前にお電話するということもしたのですが、結局父に配慮がなく、母と二人でお茶をしているときにも、その方を呼んでお茶を一緒にと言ったりして、母はその場は辛抱していたのですが、父が帰ってから自分が父の世話が出来なくなったので、次の人が出来たのだと泣いているそうなのです
グループホームの方からその話をお聞きして、シルバー人材の方に男性をお願いしたのですが、まず無理らしいです。又暗礁に乗り上げてしまいました。  


Posted by tao  at 00:01Comments(0)実家の父の話

2006年11月03日

冬支度

十一月になって朝晩は流石に寒くなってきました。そろそろ父や母の冬支度を休日にしておかなくてはなりません。
ヘルパーさんは、いつも突然「寒がっておられます。なんとかしてあげてください」「○○が必要です」と言って来られるのです。また「まだ早すぎます」といわれるかもしれないですが、動けるのは休日だけですから。
冬支度で第一にしたのは、インフルエンザの予防接種の予約です。父や母はディサービスで人に会いますから、貰う危険があります。そうでなくても高齢者は受けてもらうほうが安全ですし、割引もあるようです。

母は体力がつき、ついこの間まで窓を細く開けて寝ていられました。まだタオルケットに綿毛布を重ねただけです。肌掛け布団を掛けましょうというと、足元だけならなんとか了承してもらえました。でも、くしゃみをされたりするので、ベットパットをボアにして、ウールの毛布に掛けたのですが、こちらは汗だくだく、本当にこれで暑くないかしらと不安になります。
足元のベットパットの下には、ちいさい一人用の電気カーペットを入れ、コンセントだけ差し込んでおきます。これで、ヘルパーさんが騒がれなくても、スイッチを入れるだけで暖かくなります。ただ、これにはタイマーや温度調節がついていないので、フラットであんかのような使い方の出来るものがあるといいなと思います。母は脚がまっすぐに伸ばせないので、足元にクッションをいくつも入れるので、低温やけどの心配は無いのですが、高いと困るのです。
父は始めての越冬ですから、大変です。電気じゅうたんをベットわきに一畳と、食卓下にフローリングの床暖房調ヒーターを敷きました。もちろん、エアコンはつけています。まるで熱帯です。乾燥するので加湿器は欠かせません。
パジャマはネルで、ダウンのベストと寝るときのダウンの肩当。パジャマだけで、下着を着ないで寝てもらわないと、トイレの折に失敗が多くなりますし、とにかく暖かく。私たちとは感じ方が違うのだなあと思います。体力が落ちているという事を、過度に暑くしないよう気をつけながらも、尊重してあげなくてはなりません。
寒いと水分を余計控えるので、便秘もひどくなり、これからは温度管理が課題となりそうです。エアコンを使わずでデロンギなどのパネルヒーターを使えばいいのかなと考えたりしますが、あの寒がり方では、物足りないと思ったりします。もう少し食べて体力をつけて欲しいものです。
  


Posted by tao  at 23:31Comments(0)介護生活