京つう

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Posted by 京つう運営事務局  at 

2006年08月30日

健康保険のきく訪問マッサージ

介護保険を枠いっぱい使ってしまうと、真っ青です。そんな時、健康保険の訪問マッサージの話を聞きました。

初めは半信半疑でしたけど、保険でマッサージに来てくださるのです。時間は30分、費用は、母は週に三回来て頂いて往診料金共に、月三千円位でした。ただし、私たちのような元気に働いているものは対象外です。
歩行困難で通院が困難な人、いろいろな病気で寝たきりの人が対象です。

あまりに、上手い話に初めは不安でしたが、今では父にも母にも喜んでもらっています。マッサージが快適なこともありますが、高齢者は自分の体の痛みを訴えて、聞いて頂けるのも嬉しいのだと思います。

これを受ける条件は、健康保険の加入者である事と、最寄の医師に治療の同意書を書いていただく事です。
タイト 訪問リハビリセンター ℡0120-56-3365(月-金 午前10:00-午後5:00)
  


Posted by tao  at 23:11Comments(0)よい手あります

2006年08月29日

寝たきりにならないために その1

母は骨折で入院し、本人の退院希望に応じるために、介護認定を受けるように病院より勧められました。助かったのは、今まで母は布団で寝ていましたが、介護認定を受ける事により、ベットを一割負担でレンタルできました。退院して一週間でヘルパーさんに入っていただきました

問題は、母自身が入院中リハビリを行っていたのが、退院後通院も行わず、寝たきりとなってしまったことです。看護婦さんとヘルパーさんは違います。強くは言われないので、ケアしていただく楽しさに、母は寝たままでおむつ交換していただき、寝たままで食事するようになってしまいました。

筋肉はあっという間に退化してしまいます、母は「たまたま、今日だけ、こうしている」と言うつもりでした。「明日は起きるから、今日だけ」が何ヶ月も続いていきました。小巻寿司を二、三個が母の食事でした。ベットのテーブルに置いて、気が向くと手づかみで食べられるのです。

生きていくと言う気持ちが磨り減ってきました。「このまま、安らかに死なせて」が、母の口癖となりました。人にも逢うのを嫌がるようになりました。お見舞いに来てくださった方を通すのを嫌がるのです。何を食べてもまずく、テレビは面白くないし、そして、オムツかぶれと言う問題が起こってきました。

母にとっての転換期の初めは、訪問看護婦さんでした。母は何回も入室そのものを拒否しました。けれど、看護婦さんは風船バレーから母を起こす事に成功され、そして、乗るのを拒絶していた車椅子に乗って外出する事に成功したのです。

看護婦さんはすべてのヘルパーさんに陰部洗浄を依頼されました。私もぼやぼやしている場合ではありません。夜仕事が終わっての訪問時、母に起きてトイレに行きましょうと声をかけだしました。母は口癖の「ここまま、安らかに死なせて」を言います。

私は言ってしまいました。「お母さんは、死ねませんよぅ。どこも悪いことないもん。死なへんのやったら、オムツかぶれ直すほうがええでしょう」母の皮膚は黒ずみ、皮が向けている部分も大きいでした。ペットボトルにぬるま湯を入れ、トイレで綺麗に洗い、清潔なタオルで拭いて、お薬を塗ります。

私がやっていると連絡ノートで読んで、していなかったヘルパーさんもしてくださるようになっていきました。でも、まず起こすのが難しいのです。母は自力で立てないのですから、へんな介助だと怖いのです。

トイレ誘導・陰部洗浄を続けていくと、母のオムツかぶれは直ってきました。ヘルパーさんも車椅子外出を成功する方が出てきました。起きている力(座位を保つ)が五分くらいから、外出の楽しさに30分位出来るようになった頃、主人と三人でお善哉を食べに行き、ものすごく喜んでくれました。
  


Posted by tao  at 00:09Comments(0)母の話

2006年08月25日

食ぺやすい机と椅子

母は一時は寝たままで食事をする習慣がついてしまってました。ベット上のテーブルに、小巻寿司を置かせ、それを摘まんで食べるだけです。食欲は起こりません

ベットは2モーターと言って、頭の方が上るタイプですが、上げると怒ります。足がもうまっすぐに伸びず、ひざ下にクッションを入れている状態なので、足も頭も上ると、腹筋がないから苦しいのです。

あれこれやってみて、結局トイレに行った後、椅子に座ってもらうことを最初の目標とし、そこから机に食事を並べて食べてもらうようにしていきました。机に食べてもらいたいものを並べると、食欲が出てきました。

椅子は背もたれのある椅子が座りやすいようです。肘掛があると、座りにくい反面、横にもたれられ、筋力がなくても横に倒れて落ちる心配がなくなります。

テーブルは、初めは高いお風呂の椅子に小さい机を乗せて高くしていたのですが、それでもまだ低く、あれこれ探して、結局ウチエというメーカーの「万能テーブル」と言うのに決めました。折りたためるのです高さも調節できます

初めて使った日、母に拝まれましたどんなに長い間は母食べにくいのを辛抱していたのでしょう。これは、業者によっては介護保険でレンタルできますから、興味をもたれた方は、あちこち当たられるといいのでは。私はコムスンさんで借りています。  


Posted by tao  at 00:24Comments(0)よい手あります

2006年08月24日

父の難聴

父は朝は六時に起き、自分で顔を洗い歯も磨きます。パンを焼いて、牛乳で食事します。ご飯がなければ、お昼のためにお米をといで浸けます。

元気になったのですが、歩行が不安定で、独りで外出は厳しいため時間をもてあますようなんです。好きなゼロ戦とか軍艦の本も買って来て読んだりしていますが、昼からは寝てしまいます。テレビは全然見ないんです

どうして、テレビを見ないのか、ディサービスの方が調べてくださいました。耳が聞こえなくて、何を言っているのか判らないらしいんです。音が聞こえないんではなくて、聞き取れないんです

こんな場合、補聴器はあまり効果がないと聞いているし、でも、もう少し聞こえたら、父も人生もう少し楽しくなるような気がするんです。会話ももつと楽しめるし、試してみるしかないでしょうねぇ
  


Posted by tao  at 00:05Comments(0)実家の父の話

2006年08月22日

父の回復

父が引っ越して三週間経ちました。

初めからヘルパーさんに入ってもらいました。慣れない所になじむまでは、手助けが必要だと思ったからです。でも、急なことですから、いろんなヘルパーさんが来られ、ケアを一本にまとめてもらうはずがうまくいかず、物の位置が違う人が来てくださるたびに変わったりするのです。父は激しく混乱しました

何日目かの夜、トイレにはなんとか歩いて行っている父に、尿瓶でベットサイドでするように言い、新聞紙を敷いて尿瓶を置いて帰られたのですが、父は夜中に尿意で目を覚ましてトイレに行き、いつもトイレで使っていた尿瓶も、尿瓶が使いにくいと用意した百均の600cc計量カップも見当たらず、食器を使ってしまったのです

弁解もしない父に、私は「ここまで呆けたのか」とショックを受けました。ケアマネさんの面接にも「お幾つですか」と聞かれて自分の生年月日を言う始末です。関心は自分の脚痛と便秘くらいで、えんえんと語り続けるのです。どうしようかと、思いました。ひとりで置いて大丈夫なんだろうかと

尿瓶の一件の原因を追究して、ようやくどうしてこうなつたのか判ってからは、ヘルパーさんにお願いして、物をあちこち動かさないようにお願いしました。
父は少しずつケアされる事に慣れてきたのですが、その代わり甘えも出てきました。

パジャマに着替えてもらうとき、自分でボタンをはずしてと言うと、足が痛い、とベットで転がるのです。私も時間がないので、結局寝たままで着替えさせ、おむつ交換もしてしまいましたが、このまま癖になったらどうしようかと不安でした。腰も痛いし。

結局翌日新しく入るヘルパーさんに責任者が付いて来られて、上手くリードしてくださり、部屋のなかも、目で確認しなくてもどこに何があるか判りだしてきて、父もなじんできました。ある日、教えていないのに自分で電話を掛けてきました。連絡用の電話番号リストを見て携帯にも掛けてくるのです。今はオートロックのマンションの開錠のレッスン中です。  


Posted by tao  at 00:42Comments(0)実家の父の話

2006年08月19日

オムツかぶれ対策

母がオムツかぶれがひどくなってきました。かぶれそのものより、かゆがってかきむしる傷がむしろ問題です。お薬は塗っているのですが、収まりません。

思い切って、ただの木綿のパンツをはいてもらいました。夜は尿漏れパンツです。これと、オムツパット。今までは、パンツ型とパットの併用でした。まだ、昨夜からの試行です。
母自身は、履き心地に満足してくれています。  


Posted by tao  at 00:24Comments(0)よい手あります

2006年08月15日

ファミールしばた

お盆休みになり、待望のお店にやっと行けました。介護世代の強――い味方、初めてこの洋品店を発見したときは感動しました。
とにかく、安いし高齢者が欲しいものがここでなら見つかりやすいのです。

たとえば、今日買った父のパンツは一本五百円ウェストがゴムで、しかも、前ファスナーがちゃんとついているのです。高齢者の衣服は、女性用はなんとか見つけられるのですが、男性用は見つけにくいのです。
父はテレビのリモコンのボタンを押そうとしても反応しないくらい指の力が弱っていましたので、ウェストのホックなどとても止められなくなっていました。ウェストがゴムだと、トイレでズボンを下ろすのも、また上げるのも楽なのです。

枕カバーが百円だったり、直ぐに汚すものは、沢山買ってこまめに洗濯したいものですから助かります。初めて行ったときは、レッグウォーマを買ったのですが、これも、若い人の店では見つからない、でも、ディサービスでは皆に賞賛を浴びたと言うものです。
東大路仁王門を西に入り、赤いテントが目印です。水曜日がお休み、朝十時から夜七時まで。  


Posted by tao  at 23:57Comments(0)介護便利グッズやお店

2006年08月12日

えっ、母がガン?!

今日ショックな事がありました。
母が便秘気味なので、訪問看護婦さんが来て浣腸をしてくださるのですが、このごろ、その時必ず吐き気を催されるのでお医者様に往診に来ていただいたのですが、今日お会いしてお話を聞いたところ、お腹にしこりがあり、宿便かもしれないけど、あんなに固いなんて、ガンかもしれないと言われたのです。

私は直ぐに顔に出るたちなので、帰宅すると主人は何かあったと気がつきました。話をして、先生が言われるようにお盆明けまで待っているなんて嫌だということで、二人の気持ちは一致しました。
幸いお盆休みに入るので、以前入院した病院に連れて行こうという結論になったのです。

でも、本当にこれでいいんだろうか、いつも見ていただいている先生を、いかに自分の母の体が大切だといっても、無視するようなことをしていいんだろうかと思い、訪問看護ステ-ションに電話しました。ここは、24時間、緊急時は連絡がとれるのです。相談の結果、こういうアドバイスを戴きました。

まず、高齢者のガンは進行が遅く、そんなに進まない事。
だから、ガンだとわかっても、必ずしも手術して除去するとは限らない事。
検査は飛び込みで行って直ぐにしてもらえる類のものではない事。
検査そのものが母にダメージを与えかねない事。
したがって、先生の指示通り様子を見るほうがいいという
結論に達しました。

洗濯物の山と格闘して母のところに行くと、眠りながら手を上げて「はーい」と言われます。待っていてくださったのでしょう。それだけ言うと又寝息に戻ります。それから父のところにも行きます。父も仰向けに寝ていびきをかいてよく寝ていました。父本来の眠りのスタイルです。慣れてきて眠れるようになったのでしょう。クーラーがきいているので薄いタオルケットをもう一枚父に掛けます。昔よく、父が掛けてくれましたっけ。

「お父ちゃん、ありがとう」
「お母さん、ただの宿便だといいですね」
静かな静かな夜です。  


Posted by tao  at 00:03Comments(1)母の話

2006年08月11日

父の引っ越し

高齢者の環境を変えるのは危険とは理解しているつもりでした。けれど、変えざるを得ない状況になったら、できるだけ快適な環境にしてあげたいと思うでしょう。

起き上がりやすさ、横になりやすさから、ベットは必須アイテム。これは、介護度2以上だと一割負担のリース料で借りられます。電動でベットそのものが上下するもの、頭のほうが上るもの、足のほうもあがるものとあります。大体千円ちょっとです。申し込みはケアマネに頼みます。

車椅子も借りました。自走式介助式とありますが、自走式のほうがタイヤが大きくのりこごちがよいと言う事で、そちらにしました。欠点は荷物を手すりに下げるとタイヤが巻き込んでしまうのです。これは、近所の赤ちゃん本舗に行くと、乳母車用の荷物掛けがあると教えていただきました。

トイレには手すりをつけてもらいました。賃貸なので壁に穴を開けるわけにはいかず、トイレそのものに固定する形のもので、月500円のリース料です。使ってみると、私でも楽だと思います。

電子レンジは「あたためる」を押すと温まるものにしました。でんわは、耳は大丈夫なので、数字の大きいものにしました。子機はそのままで使えないので無理だけど、親機は大丈夫なようです。

クーラーはついていました。今まではクーラー嫌いだったので、扇風機も買ったのですが、クーラーの29度ドライで大丈夫なようです。

ポットは、押す式は危険だと、ボタンを押しながら傾ける式にしたのですが、いざ使ってみたら、握力が弱っていて使えず、結局保冷力は弱いけど、何もしなくて注げるものにしました。意外だったのは、テレビのリモコンが使えないことでした。ボタンを押しても反応しないほど指の力が弱っていたのでした。

弱っていたのは、足だけではなかったのです。体全体が弱ってきていました。
なんとかしなくては。  


Posted by tao  at 00:21Comments(0)実家の父の話

2006年08月08日

父の目線で見直してみると

父はマンションに移る事については頷いてくれましたが、不安もいっぱいあるようでした。私たちには、父がこちらに移ったほうが絶対いいという信念がありましたが、部屋が完全なワンルームではなく、廊下があって、ベットルーム・トイレ・お風呂と台所というスタイルであり、段差がすべてにあるのだけは気になっていました。とにかく、ここしか借れないのですから、何とかするしかありません。

父が下見に来た日は、あいにくひどい雨でした。母の手押し車を用意していたのですが、父の足が動かないのです。父の目線で見直してみると、ドアは重く、手押し車で出て行くのは困難です。エレベーターは早く、手押し車でも父は扉が閉まるまでに出て行くことが出来ません。段差があちこちにあるので、なんでもないフラットな床まで段差があるように見えて、足が動きません。ショックでした。母は自立歩行は出来ませんので、それに近いケアに考え直しです。

移転に当たって、在宅支援事業所も変えました。母と同じ事業所にして、同じケアマネさんにお願いする事が一番楽だと思ったからです。また、事業所の所在地がここから近い場所にありお会いしやすい事、ヘルパーさんもたくさんいらっしゃることが、気に入っていました。

事業所を変える事は権利らしいのですが、その代わり自分で前のケアマネさんに連絡しなくてはなりませんでした。事情を話してご理解いただいたのですが、交代の時期が月の変わり目という事で、それまで新しいケアマネさんが父に接触することは出来ない規定になっているのです。とりあえず今までは布団で寝ていたのですが、ベットに寝るよう説得しました。 移動は慣れるまで車椅子、一人で出歩くのは無理です。

段差はコーナンで段差のスロープをいくつも買ったのですが、結構いい値段でした。強力両面テープで貼り付けたのですが、歩いてもらうと、滑り止め付靴下を履いても、うっかり話しかけたりすると滑り、はずす事になりました。これは、賃貸でなければ、介護保険で工事ができるらしいのですが、この点については、慣れて気をつけてもらうしかありません。

本当に独りで住ませて大丈夫なのでしょうか。  


Posted by tao  at 23:33Comments(0)実家の父の話

2006年08月06日

父を引き取る

事の始まりは、父の日実家に行った折、着替えに椅子がないとできないと言う話から、主人が椅子を持って行ってくれたことからでした。父の寝室まで椅子を持って行った主人は、階段の急な事や、上がってから寝室までのの長さが弱った父には無理と考えたのです。さらに、父と同じキリスト教会に通う友人が同じ事を言ってきてくれました。

出来るだけ、父には生まれ育ったところに居させてあげたかったし、私自身にとっても、実家と親はワンセットという気がして居て欲しかったです。同居している弟が家業を継いでいて、少しでも役に立ちたいというのが父の心の支えであるのも知っていましたが、その気力も薄れるほど実家での生活が困難になっていました。

動けなくなって、「座位を保つ」と言うのですが、座る事を続ける筋力が低下して、訪ねると椅子から落ちていて、救急病院に連れて行ったりすることがありました。もう、踏み切るしかありません。

実家の母は、認知症の専門施設である、グループホームに入っています。父をそこに入れられないか、とか、初めは考えました。グループホームは少人数の認知症の方が集団生活をし、出来る事をヘルパーさんの助けを借りてやっていく中で、自分にも自信を取り戻し、認知症の進行を遅らせる事ができます。何より、そこでの生活が非常に快適であるのを知っているので、そう考えたのです。

結果は京都では無理。大阪で空きがあるけど、住民票を移さないと駄目という事でした。何十人も「待ち」があるそうです。介護の世界では、なんでもそうだという気がします高齢で、現状では無理になったから探すのに、何年かかるか分からないのです。

高齢者用マンションというのは空いているけれど、頭金が3,000万とかするのだそうです。そして、月々何十万。こういうところは定年後社宅から次の家として退職金をつぎ込んで、若いうちに住まれるとかでなければ、踏み切れない気がします。

いろいろ考えて、同じ町内のワンルームマンションに引き取ることになりました。高齢者の独居というのは借りるのが難しく、主人名義となりました。時々は父のところに泊まりに行くというのが条件です。

空焚き・火傷・ガス漏れが心配なので、ガスコンロは置かない事にしました。お湯は湯沸しポットで対応し、オーブン電子レンジでパンを焼いたり、食べ物を温めたりしてもらえば、何とかなるのではという考えです。引越しまでの顛末は、長くなったので次回にします。  


Posted by tao  at 10:17Comments(2)実家の父の話