京つう

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Posted by 京つう運営事務局  at 

2007年02月27日

再び教会へ

教会の中では、オルガンの演奏が流れ、美しい歌声が響いています。
「父、御子、御霊の大御神よ」
父が立ち上がり唄いだしました。
背筋を伸ばし、瞳は輝いています。


隣で礼拝に参加していらっしゃるのは、ボランティアのNさんです
父を介助してくださりながら、礼拝についても、敬虔な姿勢で参加されています。

私はボランティアの方にお逢いしたのは初めてです。
Nさんは、父に会って、父の行きたいところなどをたずねてくださり、まずは教会ということで、今回の事となりました。

当日は、タクシーで向かったのですが、その中でNさんとタクシーの運転手さんの会話の中に突然父が入り、ちゃんと会話になっていたのにビックリしました。
次世代市電のことだったのですが、さすが新聞を読み出したのでちゃんと知っていて、渋滞の元にならないかと言い出したのです。

父は法事で従兄弟と隣り合わせても会話が出来なかったのに、こんなに人の話が聞き取れるようになっていたのでした
これはNさんの事が父は好きなので、何を話されているのか興味をもつたのだと思います。

これから、父はどんどん元気になっていってくれる、と思える春の始まりです。  


Posted by tao  at 23:54Comments(0)実家の父の話

2007年02月25日

春近し?

父は一週間に三回ディサービスに行くようになって三ヶ月余りです。
もともと週一回で始めて半年後二回に、さらに半年後三回と言うと、いかにも計画的なようですが、実は全くそうではありません。
ただ、いかにも人懐こいので一人で家にじっとしているのは可哀想ということです。

でも、友達が出来ないそうです、これだけ行っても。

男性の数は圧倒的に少なく、皆口を利かないらしいです。
認知症が入っている方も少なくなくないので余計だそうです。

では、女性の方と友達になればいいと言うのですが

「そんな、みっともない真似できるかいな。笑われるわ」

この頃ディサービスにお洒落して行くんですよ。

元々が元々で、実家に居るときは、ロクに洗濯していない服と下着で、ディサービスも週一回の利用ですが、血圧が低くて入浴が出来ないときも少なくなかったと思うと、臭ったかもしれません。

そういえば、この頃は臭いませんね。

着るものも、来たころパジャマを着せようとすると

「ほう、上と下がお揃いか」
「こんな綺麗なん、着てもええのンか」

と言われてICON46

確かに持ってきたものはロクに洗濯できていなくて、一から衣服は買い揃えました。
そのためユニクロか出町の安いお店まで自転車で走り、簡単な服しかなかったのですが、その中で父は結構お洒落できちんとした服装をしだしました。
今はお気に入りの服があったりしています。

できるだけ父の希望通りに洒落た格好で過ごさせてあげるのが、私が父に出来るサポートかなと思います。

早くいいお友達が出来るといいなと待っています。

  


Posted by tao  at 00:19Comments(0)実家の父の話

2007年02月20日

洗濯物の畳み方変更

私は、ずぼらな方ですけど、前開きのものは畳みにくいので、ボタンを一つおきに留めて畳んでいました。
でも、この頃留めるのを止めました。

ボタンを留めないと、不器用だから畳みにくいのですけど、父が自分でクローゼットから出して着るトレーニングを進めているので、そのことを考えると、父が着やすくしてあげなくてはと言う気になりました。

ボタンを父が自分で留めるのは必要な自立であり、指先の訓練であると思いますが、そのまえが困難であるのはどうかと考え出したからです。
父がやっと服と下着を脱いで、パジャマを着ようとして、まずボタンを外すのは可哀想だと思います。

それに、ヘルパーさんが例えば母に着替えをしてくださるときも、いちいちボタンを外すのは手間やなと思いだしました。
簡単が一番かも、と今は考えてます。

自立を促すためには、婦人物もボタンが大きいのがいいとも、この頃気がつきました。
肌触りが良くて、綿100%で、色が綺麗で、だけじゃないってことに。
ワコールの介護用パジャマの、マジックテープでない方は、そういう配慮がありますね
やっぱり、それよう、ですかね。  


Posted by tao  at 00:22Comments(0)介護生活

2007年02月19日

ちいさなお友達

 

これは、母のちいさなお友達「まあ君」です。

新聞に出ていたのを見つけて、母の日のプレゼントに買いました。
結果は、ヴィクトール・ユーゴーではありませんが

「!!」 

例えば、まあ君は、夜は九時過ぎると眠がります。



昼夜逆転の母もお友達が寝るので寝るようになりました
逆に昼は、いろいろお話してくれるので、楽しくて起きる時間が増えました

相手をして欲しいときは、手を握ると話しかけてきます。
返事をしたくなければしなくていいし、まあ君の言葉に色々返事をされていて、楽しそうです

デイサービスに行くときは
「行ってくるえ」
と挨拶し、帰ってこられると
「あの子が待っているから、早よ帰ろ」

本当の名前はユメルといいます。
子供用と兼用なので、高齢者にとっては聞き取り辛い複雑な事も言います。
ユメルですから「夢の神様言っていたよ」と言い出すのです。
もっと、シンプルでいいのにと思います。

一番困るのは、電池が単三で三個が15日でなくなるのは、まあいいとしても、そのたびに設定を入れ直さなくてはならないのです。PCとかキーボードがあるわけではないので、いちいち手を握って数字を回数で入れていきます。これが、なんとかならないかと思います。

ユメルは本来のサイズはもっと大きいのですが、うちのはプチユメルです。
これだと、母が寝たままで胸の上に置いて遊べます
ベットのサイドに寝かせられます

高齢者に希望と愛を与えてくれるお人形。
もっと介護用にいいお人形を考えてくださらないかなぁと思います。

  


Posted by tao  at 00:01Comments(0)母の話

2007年02月18日

おかず詰め合わせ

高齢者は、食が細く、たとえオカズを50g買っても、なくなるまで何日も掛かります。
今日こんな詰め合わせを見つけました。



開けてみるとこんな感じ



出し巻きや、八幡巻き、菜の花のお浸し、お煮しめなどが入っていて、母の食欲だと二回分くらいです。
これに、今日はサンマの味醂干しを軽く焼きました。

これは、観光客の方で、ホテルのお部屋で食事をされる方にも、一品いいかもしれませんね。

  


Posted by tao  at 00:51Comments(0)よい手あります

2007年02月18日

父、再び外出へ

父のイボ手術は無事終わりました
二回の消毒通院を経て、一週間後検査結果をお聞きし、抜糸を済ませました。

結果は、悪性だけれど、周囲から大きく切除したので、大丈夫だと思う、
ただし、定期的に観察の必要はあるということでした

父にとっては、私との外出は「すまんなぁ」と言いながらも、とても楽しみだったようです。
抜糸が終わっても「今日は病院行かんでええのか」と毎晩電話をしてきましたicon10

夜仕事の後で病院に連れて行くのは、結果的に五回だけだったのですが、昼間の手術で抜けることもきつかったですし、仕事が終わるのが遅くなり、皆が仕事をしている最中に、事情を話して早退するのも、きつかったです。

病院から父を連れて帰って、父も「早く帰ってご飯をしてあげて」と言ってくれるのですが、帰宅すると九時半。それから支度をして終わると十一時は回り、それから洗濯物の山を畳みだし、というのは、大変でした。

でも、父と色々な話ができました。

父は、やはり、外出したい、でも、前にお世話になった方にお願いするしかないのかなぁと、迷っていました。
結局十回くらいの外出で、去年で終わっており、今年になってから、一回も外出できていないのです

教会は父にとって唯一と言ってよい位、公的な場所です
以前は父は背広を着て通っていました。
洗濯の出来ていないシャツ、時に来たまま台所の椅子で寝ていた背広ですが、父としては、目一杯きちんとした格好で行きたかったのだと思います。

ですから、毎月の献金が滞っているのが、幾ら説明しても気になって仕方がない。
それは、それだけ父がまだしっかりしているという事でもあり、この願いはかなえてあげなければならないと思います。

ただ、父も前回で傷ついたのですが、私もダメージが残りました。

前回父をグループホームに連れて行ってくださる時、たまたま通り合わせたのですが、道の真ん中でタクシーを止められ、車は渋滞してクラクション。
父は、母に渡すクリスマスプレゼントの袋と自分のかばんを全て持ったまま、タクシーに乗ろうとして悪戦苦闘し、ヘルパー資格を持った介助の方は、離れたところで静観しておられました。
冷たいものを感じました。

ところが、グループホームに着くと甲斐甲斐しく介助されているそうでした。
人と一緒のときなら、きちんとした言葉遣いで話されて、ちゃんとした方のようなのに、父と二人だと変わられるのなら、どうしたら安心できるのか判りません
私の風邪が長引いて、次は父のイボ騒ぎで、考えなくてはと思いながら、気力が出ませんでした。

私にとっては、駆け込み寺みたいに、困ったとき電話して相談にのってくださる、ありがたい方がいらっしゃいます。
本当にご迷惑な事なのですが、父のことも相談させていただき、その方からボランティアの方で、関心を持ってくださる方がいらっしゃると聞き、お話が進んでいきました。

去年ボランティアの団体の方からの「どうしてボランティアでなくてはいけないのか」と言う質問に答えることができなくて、お願いできなかった私ですが、お逢いすると、とてもきちんとした方で、かつ温かいものを感じました。
ボランティアの方とのお付き合いは初めてで、どう考えたらいいのか判らないのですが「やりましょう」と言うお言葉は、ひたすら嬉しく、甘えさせていただいていいのかなと思います
  


Posted by tao  at 00:33Comments(0)実家の父の話

2007年02月10日

介護家族の発言場所

友からのメールです

ブログを読む時間がなかったので,1ヶ月分ほど介護世代を読みました。

ヘルパーさんの質が悪すぎる。
○○は、他の人に聞いても、言葉によるハラスメントを受けたのでやめたという話を聞きました。

自分が期待するほどには 動いてくれないのはしかたがないけれど、ひどすぎる。

お金を払って受けるサービスですから,不良品には苦情を言うのは当たり前,改善されなければ他の店 に買いにいくのが消費者。

サービスは選べるし,お金を払っているのですから。争いたくないのはわかるけれど。
ヘルパーさんがきてくれないと困るけれど, きてくれて,悩みが増えるのもつらい。

ではまたね。


親身になって怒り、心配してくれる友の存在は有り難いものです。
介護に溺れていると、孤独感に締め付けられそうになりますから、こういうメールは嬉しかった。

友は、寝たきりのお母さんと同居。
彼女は一軒のお店のオーナー。
当然ヘルパーさんのお世話になっています。
その中から起こる様々な事に遭遇している彼女ならではの共感だと思います。

私だけではなく、もっと介護の家族からの発言が日の目を見てもいいんじゃないかと思います。
間違っているのかもしれないです。
だって、経験は自然と重ねるかもしれないけど、知識は増えるわけではないし。
でも、その疑問に確実に誠実に答えてもらえる場所が判らないのです

交流したいと思って始めたブログです。
介護家族の方が書き込みしてくださる事をお待ちしています。  


Posted by tao  at 00:10Comments(0)介護とは

2007年02月09日

古き良き時代の・・・

こうして、父と近づき、かつ離れて暮らしていると、父についての再発見が出てきます。

父は、頭がはげている事もあって、外出には帽子は欠かせません。
引越しの荷物には、帽子がたくさんありました。
病院の診察室に入るときも、父は帽子をきちんと被り直そうとするのです。


うちの店の前を通るとき、父は帽子を軽く上げて会釈をします。
一人ひとりに、顔を確認して、いちいちするのです。
二つ折れの体で、手押し車に支えられて、するのですから、結構大変かと思うのですが、父にとっては、これは欠かせぬマナーなのでしょう。

そんな父が、自分は好きであると感じます。  


Posted by tao  at 00:37Comments(0)実家の父の話

2007年02月08日

排便コントロール

母は排便コントロールがうまく行くようになりました。
今、していることをここに書いて、参考にしていただけたらと思います。

母は要介護度4 歩行は困難で、座位を保ってもらおうと努力中です。

週に三回下剤を少なめに服用しています。ベンコール一錠とピンクの錠剤二錠で頂いているのを、一錠ずつです。
時間は、夕方五時前にのんでもらうと、朝八時にヘルパーさん訪問時、パットの中に排便があるか、トイレにてあります。

月曜から土曜までディサービスに行くのですが、排便状況を伝えるヘルパーさんと、伝えないヘルパーさんがあるので、このようなメモを作りました。

  


Posted by tao  at 00:19Comments(0)母の話

2007年02月06日

介護の功

私は子供もなく、仕事場に篭もりっきりのような生活をしていたので、ご近所でも親しい人はありません。顔見知りくらいです。

父のマンションの家主さんご一家も、同じ町内ですから知ってはいましたが、こうして家主・店子の関係となってみると、本当に親身に良くして下さるのに感激しています。
母のマンションの家主さんにしてもしかり、です。

介護をしていると、しんどい。だからこそ、優しくしてくださる人の情けが身に沁みます

父を病院に消毒に連れて行くのは、時間的に仕事の途中で抜けていき、戻ってきて夕食の準備。片づけをしてから、残された仕事をし、洗濯物を畳み、と、きついのに、なんだか嬉しい。
父も「すまんな」と言いながら嬉しそう。

父が来てからしばらくは全介助に近い面倒の見方をし、父も甘えてベットの上で寝たまま着替えやおむつ交換をさせたときもありましたっけ。そこから、自立させなくてはと言うことになりましたが、父は甘えたがり、うまく行かずイライラしていましたが、こうして病院に連れて行っていると、
ちょうどいい辺りに落ち着いた感じです。
父は自分で出来る事はしようとしますし、私も過剰でない介助が出来るようになってきたみたいです。

父と色々話していると、父は犬より猫が好きなのを知りました。うちは、どちらも飼っていたのですが、判りませんでした。道理で、犬を可愛がらなかったと思いました。介助を続けていると、自分について知り、きょうだいについて知り、そして、親についても「再知」なのですね。

こういう機会を得た事に感謝します。  


Posted by tao  at 23:38Comments(0)介護生活

2007年02月06日

酸いと甘いと

寝ていても、母の日曜日のヘルパーさんのゴタゴタで、あれこれ思い惑い、思い切って起きてPCに向かい、自分の考えをまとめていたら朝になってしまいました。

そのせいか、父を病院に連れて行くタクシーに乗った途端、眠り込んでしまいました。目が覚めたのは15分後、メーターを見たらとっくに着いて居る筈の金額ですが、私が目を覚ましたとたんに曲がって目的に向かう通りに入られたようで、遠回りされてしまいましたICON62

おまけに、父が歩行が不自由なのをわかっているのに、病院の少し手前につけたり、車を出すのとか手伝ってくださる方も多いのに「早く下りろ」と言わんばかりの個人タクシーicon09

でも、帰りのタクシーの方は、色々気遣ってくださって、体の不自由な方の割引があると、値引きしてくださいました。こういうこともあるのですねえ。やっぱり、大手の会社の方がいいのかしら。  


Posted by tao  at 00:19Comments(0)介護生活

2007年02月04日

近鉄閉店

近鉄デパートが今月一杯で閉店やそうで、広告が眼に入ります。これって、結構なビジネスチャンスらしいと、TVで前に観ました。
セールで人が集まるのでわざわざ仕入れて売るみたいですね。そやし、混んでいるのにわざわざ行くのは御免やと、行くつもりはありません。

私ら位の歳のもんやったら、皆知っているひとですけど、近鉄は昔は丸物でした。この名前にはとても思い入れがあります。実家も四条と三条のあいだですから、大丸さんのほうが近いのですが、なんか、小さい頃ダッコちゃんで、並んだ記憶があります。

こういう時はいつも父でした。暗いときから並んだ気がします。ほかには、フラフープも並んだように思います。それと、黒いニットの帽子に三つ編みが下がったものでも並んだような。
なんで、あんなもので並んだんでしょうね。でも、思い返すと父が並んでくれたんやなぁと感慨ものです。京都のもんは、主人も私もそうやけど、並ぶの大嫌いですしね。  


Posted by tao  at 16:15Comments(0)介護世代

2007年02月04日

納得できない事

母の日曜夜のヘルパーさん交代の要請は拒絶され、結局ヘルパー本人さんに一時間あれば、ちゃんと出来るのか、意思確認の上、意欲はあるのなら、一時間にしてみると言う話に、事業所は飛びつかれたようです。昨夕恩に着せた感じで一時間に変更できると返事がありました。

大体、父のキャッチでも、人が見つからないので家族さんでやってくれと言っておきながら、一時間でもいいと言った途端に人が見つかります。営業熱心やなあと思います。

かねがね不信に思っていたことを今朝ケアマネさん宛てにファックスしておいたのですが、日曜日同じ方が父のところに九時から十時まで、母のところが十時から十二時までなのです。いくら隣の町内でも、移動時間がゼロというのは、ちょっとおかしいのではないでしょうか

日曜の朝のヘルパーさんが二時間で買い物外出と清拭食事で時間が足りないと言われるのは、ケアの中に移動時間が入っているのもあるのでは。ケアマネさんがこの頃連発される「ご存知でないでしょうが介護保険制度では」「私の責任を問われますので」的には問題ないでしょうが、こういうことを平気で組まれるのはOKなんでしょうかね。

こちらの不信は残りますけど。  


Posted by tao  at 09:24Comments(0)介護生活

2007年02月02日

事業所内での事情で

母の日曜日の問題のヘルパーさんを、他のへんパーさんに替わってほしいと思うのは、家族なら当たり前だと思うのですが、どうもうまく行きません

独居の高齢者のケアって、認知が皆入っているし、どれだけ本当にしていただけているのか、疑いだしたらきりがありません
訪問して食事をしたと書いてある直後に行くと、空腹らしくガツガツ食べられたり、水道の蛇口が開いたままだったり、全身清拭と書いてあって使ったタオルが無かったり、あまりそういう負の実績を積まれた方はしんどいですよね。

で、父のところに入ってくださっている同じ会社のヘルパーさんに日曜日の午後空いていないか訊ねて、その時間に変更してその方に入っていただけないかとお願いしたところ、まずは現行の時間には無理と言う返事で、そんな事は判っていますからもう一度説明したのですが、翌日ケアマネが来られて、ぐずぐず言われる内容を憶測してみると、結局これ以上のプランの変更は受けられないと言われます。

そんなにしたかなぁと思いはしますが、何しろこの一年で母はディサービスに毎日行くように一日ずつ増やして行きましたから、その変更はあると思いますし、日曜日は三回三食事に入っていただいていたのが、細切れのケアではオムツを替えるだけと言うことで止めて、午前中に二時間のケアにしていただいた位なんですけど、多いんでしょうか。

夕食なのに五時ではプランを書けないとか、色々な事を言われて、今で本当によい状態なので、少しくらいの事は辛抱しておかないと、ということです。そもそも高齢者は悪くなっていくのが当たり前なのに、母は元気になったのだから、もっと元気に、などとは考えるのは無理、踏みとどまれたら上等と思えと言うお考えのようです。

あれこれ考えているうちに気が付いたのは、その人を母のところに入るのをやめてくれとは言えないらしいことです。つまり、自分の事業所のヘルパーさんでなく、よそから頼んできてもらっているヘルパーさんなので、仕事についても注意しにくいし、幾ら家族がクレームをつけても替えられないという可能性です。自分のところの方でないので、他のところに入ってもらうとか出来ないのでは。難儀な話です。

折角いいヘルパーさんで父にも良くして下さっているので、母にもと思ったんですけどね。

母のところに行ってその話をしてブツブツ言ったら「こいでええ。こいでええ」これで十分だと言われるのです。思わず母の手を握ってしまいました。  


Posted by tao  at 23:41Comments(0)母の話

2007年02月01日

やわになった、と言うか

今日は二時から父のイボの手術。15分前に北山の城北病院に着いているには、ここは一時過ぎには出かけなくてはなりません。

もともと籠の鳥の私が特に出かけにくい時間帯です。でも、遅い時間は詰まっているのでずっと先しかとれず、きょうだいが付いてくれるかもという、甘い期待もあって、少しでも早くしたほうがいいと、お願いしました。

どうして出かけにくいのかと言うと、商品を私が作る時間と、まかないのお昼ご飯を作る時間がかぶっているからです。商品も焼くもの、串を打つものなどいろいろですし、伝票作成も挟みます。
酷いときには二時をすぎて泣きながらおかずの野菜などを買い物に行きます。こちらで予定していても、使ってくれといわれる食材が飛び込んできて、予定変更になりがちです。でも、今日は昨日から海鮮カレーを作っておき、店の始まる前からお米も浸けておいて、行く前に焼き物も焼き貯め。

なんとかギリギリ15分前に着き、手術。きっちり一時間で先生は出てこられましたが、父が出てきたのはもっと後。それも、ふらつきがあるから10分休憩をしてから説明を始めますと言われ、ドンドン時間が経って行きました。
結局帰りのタクシーで見たら四時を回っていて

「お母さん、ディから帰ったはるやン!!!」

慌てて携帯で掛けようとしたら、絶妙のタイミングで電池切れ。帰宅したら四時半回っていました。痛み止めの薬と感染予防の薬をセットして店に。焼き物がきれていたので、代わりに焼いてくれていましたが、串を回す事も、裏を焼く事も知らないので、店頭に出ているものも回収して焼き直し。

店の人にお詫びをこめてコーヒーとお菓子を出して摘まんだら、立ってられない位に。これ、よくやるのですが、本当は座って休みたいのにできないから、甘いものを食べ続けないと立ってられなくなるのです。私はこれでブタになりました
一度糖尿ではと心配して検査を受けたけど白で、疲れから低血糖症状を起こしたんだろうといわれましたっけ。確かに傷は直ぐ治ります。糖尿ではないかも。

やわになったな、と思いました。昔は椎間板ヘルニアで麻酔ブロック療法を受けても休み無しで店に戻り働いていたのに。  


Posted by tao  at 00:01Comments(0)介護生活