京つう

日記/くらし/一般  |洛中

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2008年09月15日

要支援認定までの道

お向かいに親戚が住んでいます。
義父の従弟、ですから正確には叔父ではないのですが、なにしろ、お向かい、性格は戦前の長男・家長と言う感じの、面倒見の良い、頼りがいのある方ですから、叔父と呼び、親しい気持ちを持っています。

叔父は、転勤族で、お向かいに戻って住まわれたのは、会社役員を辞して七十過ぎてからですから、それからのお付き合いですが、主人が得意先のコンペに参加しろと言われてから一時ICON52に連れて行ってもらっていたんです。
ゴルフって人の性格がよーくわかるスポーツですから、お互いの性格は良く分かり合えました。

そんな叔父の生活に変化が起こったのは、叔母の死です
おしどり夫婦と呼ばれていたのに、叔父は一人住まいになりました
子供は居ないのですが、何しろ面倒見がいい叔父のこと、弟さんが二人居られ、その息子さんをそれぞれ養子縁組されていることから、孫もいる勘定になるのですが、東京と名古屋です。
通風と高血圧と・・・元気だけど病気はたくさん持っているので、遠い皆さんはとっても心配ICON35

千葉に住まわれる妹さんの涙ながらの願いに、家事もひとりでこなすと言っていた叔父も折れ、掃除やご飯のお世話をしてくださる女性を来ていただく事になりました。
さらに、甥ごさんの娘さんが大学に通うのに都合がいいということで、同居され、甥ごさんご夫婦もたびたび訪問されて、一見賑やかで叔父も幸せかと思ったのですが、世の中そう単純にはいかないようです。

八十代半ばとなった叔父の一番の弱点は難聴です。
補聴器で補正できないレベルらしく、障害者手帳がでているくらいです。
頭はしっかりしていて、なんでも自分でこなせる叔父ですが、例えば急にガスが止まった、と言うとき、例の音声ガイダンスが聞きとれず、私に頼まれて、自己嫌悪に陥られるのです。

さらに、叔父の参加するゲートボールやカラオケのメンバーも入院したりされて、成立しなくなってきましたから、運動もYMCAのプールに行かれるくらいなので、足腰も弱ってきました
杖を使われて、やっと、なんとかと言う状態で、もう旅行にも行けないと思い込まれています。

とりあえず介護認定を受けてもらうように、弟さんや甥ごさんたちにお願いしていたのですが、なかなかその気になれないようで、そのままになっていたのに、業を煮やした私は、勝手に包括支援センターにicon29してしまいました。
日時の約束というところで、叔父に話を持って行き、叔父がセンターを訪問するということで決まりました。

結果はちゃんと聞けていないのですが、叔父は「自立」ではなかったようです。
ヘルパーさんも言われたけど断ったという話で、今の所何のサービスも受けず、緊急時用ペンダントのみ申し込んだようです。
自宅の転倒防止の為の改造についても相談していないようで、これは、又おせっかいの私が、間に入らせてもらったほうがいいかなと考え出しました。

キーパーソン四人目・・・ICON36



Posted by tao  at 09:51 │Comments(0)お向かいの叔父さん

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